
「謝ったのに、なんでまだ言われるの?」
「謝ったんだから、これで終わりじゃないの?」
夫婦でも、親子でも、よく耳にする言葉だと思う。
でも最近、娘や夫とのやり取りを通して強く感じたのは、
謝るって「言ったかどうか」ではなく、
相手の気持ちや現実まで想像できているかで、受け取り方が大きく変わるということ。
今朝、寝坊した高校生の娘は
「ごめんって言ってるのに許してくれない」と言った。
先日、夫もGoogleアカウントの設定を誤り「ごめん」と謝ったあと、
私が話を続けると「もう責めるな」という反応だった。
どちらにも共通していたのは、
自分の状況だけを説明し、相手の状況を想像していないという点。
家事や子育て、夫婦間の段取りを長年担ってきた中で、
私が感じてきたのは、
謝るとは「相手に起きた負担や影響を理解しようとする姿勢」まで含めて初めて成立するということ。
だから、「謝る」と「許す」は必ずしもセットじゃない。
この記事では、娘と夫のリアルな例を通して、
- 謝るとは何をすることなのか
- なぜ「謝ったのに許してもらえない」と感じるのか
を整理しながら、
夫婦や親子のすれ違いを減らすヒントを言語化していくよ。
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謝るとは「相手の気持ちを想像すること」
謝るって、ただ「悪かった」と伝える行為ではなくて、
相手の中で起きたことを想像する時間も大切なんだと思う。
同じ「ごめん」でも、
- 自分を守るための謝罪
- 相手を理解したい謝罪
この2つはまったく意味が違う。
相手を理解したいと思って出る謝罪は、
相手が困ったこと、負担がどこにかかったかを感じ取ろうとする姿勢があるんよね。
でも自分を守るための謝罪はこれがない。
自分を守るためか、相手を理解するためか。
ここに差がある限り、同じ「謝った」でもズレが必ず生まれてしまう。
謝る=自分のため?相手のため?
娘も夫も「ごめん」とは言える。
でもその直後に続く言葉がいつも自分の状況説明なんよね。
「こういう事情があった」
「こう思ってた」
「こういうつもりだった」
もちろん事情説明は必要なときもあるけど、
「相手の状況」を見る前に「自分の状況」だけを並べられると、
どうしても謝罪が薄くなる。
こちらには言い訳に聞こえてしまうんだよね。
「良かれと思って」
「悪気はなかった」
と続くときもあり、最後には「ごめんと言ったのに許してくれない」と、許せないこちらが悪くなってるときもある。
「ごめん」は終了ボタンではなく理解のスタート
わたしにとって「ごめん」とは「終わり」ではなく、
「ここからどうしようか」のスタート地点なんだよね。
ここが同じ理解でないと、
謝ったのにわたしが話を続けると「なんで許してくれないの?」と感じてしまうんだろうな。
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なぜ「謝ったのに許してもらえない」と感じるのか

「謝ったのに許してくれないの?」という言葉がでるのはなぜか?
「謝る=許す」ではない
「謝る」と「許す」はセットではないんだよね。
だって「ごめん」と謝ってはもらっても現実に起きている相手の困りごとは解消されていないままなんだもの。
「謝ったから許して」というのは
相手の中で起きたことが想像できていないからだと感じる。
謝った側の心理はきっとこう。
- 謝った
- 悪かったことは認めた
- 自分の中ではもう解決した
- だから相手ももう終わりだよね?
でも相手側には、
- ごめんは言ってもらった
- でもまだ影響が残っている
- まだ段取りが崩れたまま
- まだ困りごとが解消していない
- ここからどう立て直そうか...
という現実がある。
相手の状況が見えていないまま謝ると、
「ごめん」と言葉は出ていても、
相手の困りごとはそのまま残ってしまうことに気づいてないんだと思う。
「ごめん」と言ってもらったとしても問題はそこに残り続けるんだよね。
「許す」のか「許さない」のかの前に、まずは起こったこの問題をどう解決していくかを一緒に考えてもらいたい。
自分の状況だけ説明して、相手の状況を見ていない
先日の娘の例がまさにそうだった。
娘は、いつも起きる時間に起きれず寝坊した。
寝坊が理由で、朝ごはんはいらないと言ってきたのは家を出る5分前。
もうわたしは朝ごはんを用意したあと。
娘は
「ごめん、寝坊した」
と言ってはいたけど、朝ごはんを食べるか食べないかの共有はなかった。
家を出る5分前に「朝ごはんはいらない」の連絡では、
- わたしはすでに朝ごはんを作り終えていたこと
- 段取りがもう動いていたこと
- もっと早い連絡があれば朝ごはんが無駄にならなかったこと
わたし側にはこういった現実が残ってしまう。
娘はここにはまったく想像が届いていなかったんよね。
だから娘は寝坊に関しては「ごめんって言ったよ」
「ごめんって言ってるのになんで許してもらえないの?」
「ごめんって言ったのになんでまだ文句言われるの?」
許してもらえないことに納得がいかず、
さらには、
わたしが返す言葉を「文句」と感じてしまうんだろうな。
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娘の例に見る「謝罪の誤解」
この日の出来事は、小さなことに見えて実はすごく大事な気づきの材料だった。
謝罪と一緒に相手の状況が想像できてるかが大事
我が家は朝ごはんを食べることを大事にしている。
娘にも常々、「朝ごはんなしで学校に行くことはなしだよ」という話をしてるんだよね。
だから娘が寝坊を理由に朝ごはんを食べないと言ったとき、
わたしはそれは我が家のルールでは通用しないよと話した。
すると娘は、家を出る直前になって
「みかんだけ食べていい?」と聞いてきた。
せめてみかんだけでもと思ったんだろう。
でも、そのとき私はすでに朝ごはんを用意し終わった後。
みかんだけでは作り終わった朝ごはんが残ってしまう。
娘は「朝ごはんを食べなきゃいけない」という気持ちがあるんだろうけど、
でもそこから先の想像が止まっているから、
こちらとしては「そうじゃない...」となり、まだ言葉を続けたくなる。
そこに続く言葉に娘はまた「なんで許してくれないの?」ってなるんだろうね。
遅れた連絡の「ごめん」では、もう段取りは戻らない
さらに、謝罪には「タイミング」があることが、意外と見落とされがち。
娘が「寝坊したから朝ごはんはいらない」と言ってきたのは家を出る5分前。
それではわたしはもう朝ごはんを作り終えたあと。
つまり、
私の段取りはすでに動き出しているんだよね。
「ごめん」だけでは段取りは戻らないし、
朝ごはんも無駄になる。
わたしが朝ごはんに使った時間も手間も無意味になっていく。
「もっと早く言ってくれれば」という気持ちはどうしても残る。
相手の想像がここまで届いていないと、
どうしても、こちらの気持ちはすぐに切り替えられない。
- 作ってしまった朝ごはんはどうするのか?
- 朝ごはんに使った時間や手間が無駄になってしまった
- なんで気付いたそのときに早く言ってくれないの?
そんな思いが残ってしまう。
これらが湧いてきて、
「ごめん」「いいよ」という
すんなりした展開にはならないんだよね。
どうしても悶々とした感情が残ってしまう。
自分の都合だけの謝罪は、相手の負担が消えない
娘の説明は全部「自分側」の事情ばかりだった。
- どうしても起きられなくて寝坊した
- だから朝ごはんを食べる時間がなかった
- みかんだけなら食べられると思った
事情はわかる。
でも、
すべて自分の世界だけの話で、わたし側の世界は想像すらされてない。
わたしの朝ごはん作りはもう始まっていて、段取りはいつも通り進んでいる
という相手側の世界には目が向いていないんよね。
「ごめん」というのと同時に、
相手側の動きにまで目を向けれてるかが大切なんじゃないかな。
「許してほしい」が先に来るとズレが生まれる
娘は
「ごめんって言ってるのに許してくれない」
と感じていた。
でもそれってつまり、
謝る目的が自分の不快を早く終わらせることにすり替わっている状態。
- ミスが起きた(寝坊)
- ごめんと言った
- 悪いことはわかってる
- だからこの話は早く終わりにしてほしい
早くこの話を終わりにしたくて「ごめん」と言ってるように感じるんだよね。
相手の現実まで考えて出た「ごめん」ではない。
自分のミスが発端で起こってしまったことに対して、最後まで責任まで引き受けるという気持ちが見えないんだよね。
この流れは、夫にもよくある。
謝る側が、自分の不快感をいち早く排除したくて相手に「許してほしい」を求めると、
相手に起こった負担は置き去りになる。
夫の例に見る謝罪と責任の取り方のズレ
夫は先日、娘のGoogleアカウントを息子のものに書き換えてしまうというミスがあった。
ミスそのものは仕方ない部分もある。
でもその後の反応が、まさに今回のテーマそのものだった。
謝ったのに話し合いを拒否する心理
夫はミスの指摘に対して「ごめん」とは言った。
でもその後に私が、
- なぜミスが起きたか
- 今後同じことが起こらないように、どうやって防ぐか
- ミスに対して実際の子どもとわたしへの影響
ここを整理しようとすると、
「謝ったのにまだ言うの?」
「もうその話は終わっただろ」
「意地悪でしつこく言ってくるの?」
という反応だったんだよね。
これは、
まさに、心から謝罪したかったわけではなくミスした不快感から逃れたいだけの謝罪なんだと感じた。
夫の中では、
謝った瞬間にこの件は終わりになってるんだろうね。
改善の話=責められている、と勘違いする理由
「謝ったあとに続く話」を、
夫は追求として受け取る。
- まだ責められてる
- まだ根に持ってる
- 意地悪で言われてる
こう感じてしまうのは、
相手の困りごとが想像できていないから。
問題を解決したり、責任を取るって、
「ごめん」で終わりではなく、
そのあとどうするかまで含めて責任なんじゃないかな。
「ごめん」といったからといって問題が解決したわけではない。
ここから解決していかないといけない問題が山積み。
「ごめん」「いいよ」で話がすんなり終わることの方が少ないよね。
負担を想像できない謝罪は「その場しのぎ」になる
夫の謝罪は、その場を丸く収めるための謝罪になってる。
でもその後に起こる影響(子どもの設定・私のフォロー)を想像できないから、
謝ったのに私が話すと「まだ言うの?」になる。
やらかした側がこのあとに起こる状況を想像しないまま、
ただ「ごめん」と謝ると、
謝罪は形だけになり実質的には何も解決していないのよね。
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どうすれば「謝る」がすれ違わなくなる?
じゃあ、どうすれば謝った側と謝られた側がお互いに納得できるのか?
① 謝罪は「相手側の問題解決」とセットで成立する
「謝る」は相手に起こった問題が解決して、初めて成立するんじゃないかな。
ごめんの前後にある、
相手の中で何が起きていたかを見に行く姿勢が大切なんだよね。
- 何が負担になった?
- 何が困った?
- 何を変えれば次が楽になる?
これをお互いに共有できてこそ、「謝る」が成立するんだと思う。
② 謝った後の相手の言葉をコントロールしない
謝った側が、相手が次に何を言うかを決めることはできないんだよね。
「ごめん」といえば「いいよ」というルールは謝った側だけが納得できるルール。
相手には
- まだ困っていること
- 段取りが崩れて迷惑がかかったこと
- 影響が今現在残っていること
これを、伝える権利がある。
謝罪のあとに続く
次の相手の言葉を受け止める時間があってこそ、初めて成立する。
③ 責任の取り方を丁寧に言葉にする(未来のための一言)
次の一手を共有することも大切。
これがあるだけで、
謝罪は一気に前向きなものになる。
「次は朝ごはんを作り出す前に、いるかいらないか言うね」
「設定のミスが起きないように、〇〇を事前に確認するね」
こういった未来への言葉は、
相手の安心につながる。
未来への言葉が謝る側からあれば、謝られた側からそれ以上、こちらから言葉を足さなくて済む。
ごめんを許さないのではない。
まだ追求してるのではない。
謝罪されたあとに伝える言葉は、
同じことを繰り返さないための共有事項を確認したいだけなんだよね。
それは謝罪した側から「次からはこうするね」と言ってほしい。
そうすることで、
- 何が悪かったか
- 次はどう改善されるのか
これらがはっきりし、
「ごめん」と言われた側もすんなり「いいよ」と言えるようになるじゃないかな。
まとめ|「謝る」と「許す」はセットじゃない

「謝ったのに、なんでまだ言われるの?」
それは、誰かが意地悪だからでも、許せない自分が冷たいからでもない。
- 「ごめん」と言うこと
- 相手の中で起きた負担や影響を想像すること
- そのあとどう立て直すかを考えること
この3つがそろって、はじめて「謝る」が成立する。
謝られてもすぐに「いいよ」と言えないことがあってもいい。
それは責めているのではなく、まだ現実が整っていないだけなんだと思う。
もし今、夫婦や子育ての中で同じズレを感じているなら、
「もう謝った」ではなく
「ここからどうするか」を共有できているかを、少しだけ意識してみてほしい。
そこから、関係は少しずつ整っていくはず。
夫婦や親子がすれ違う場面は多い。
夫婦や子育てのすれ違いについて書いた記事が他にもたくさんあるから、
気になるものがあれば、ぜひ続けて読んでみてください。
「自分だけじゃなかったんだ」
と思えるだけで心が軽くなることはあるよね。
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